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雲根誌21の世界へようこそ! 鉱物才集とは、故益富寿之助氏の造語で、石の採集は出来るだけ控え、産地を保護し、その代わりに石の持つ情報だけを集め、その研究をしようと言う物です。 また、このブログは、同好の方々に、少しでも参考になればと思い書いてきました。 しかし、最近、これらの記事を参考にして、石の販売業者が、産地を荒らし回っていると言うことを聞きました。 私、誰も、人の金儲けに協力する気はありませんし、産地の破壊活動にも協力したくありません。 しかも、自分で見付けた産地が、販売目的で、根こそぎ取り尽くされ、荒れていくことに憤慨しています。 私の土地にある産地も、こうした業者に取り尽くされてしまいました。 自分の土地にあるものを、他人が、無許可で取り尽くし、販売して儲ける、ひどい話です。 まあ、こうした悪質業者からは、石を買わなければ、この商売は成り立たないわけで、買う方にも、多少は罪があるのかもと思います。 他にも、学会と称して、商売丸出しの団体がたくさんあり、嘆かわしい限りです。 こうした現状に、新しい産地を見付けた場合、まず、取り尽くしてから、発表すると言う様な気にもなります。 それで、何か、この頃は、採集量が増えてきた様な気がします。 となると、これらは、いずれ、処分しなければならなくなり、本当に悪質業者と、結果的には同じになってしまいますね。 と言うことで、鉱物才集日記も、少し、方向転換の時期に来たようです。 そこで、産地保護を主体にしたサイトにしていくつもりです。 と言うことで、今年初めての仕事は、富国鉱山の保護活動です。これは、何とか宝飾だったか、良く分かりませんが、今年はここに目を付けたとの情報もあり、急いで取りかかりました。さっそく、自治会長さんに会い、「珍しい鉱物が見つかったので、これが発表されると業者等が大勢が押しかけ、そこら中が掘り返されますから、大変な事になります。」と教えて上げました。それから、藤井鉱山などの例も挙げて、詳しく説明したところ、今晩にでも緊急会議を開くとの事でした。ここは、道から見えるために、直ぐに警察に通報されます。 で、これからは、富国鉱山に近寄らないようにしてください。どちらにしても、このサイトに来られる方は、常識のある方ばかりと思いますので、これからも、産地保護にご協力お願いします。 現在、私が展開しているサイトは、このブログの他、次のサイトがあります。しかし、産地情報の無いサイトなんか、ただの収集マニアや販売業者には、古新聞と同じでしょうね。それでも、私に賛同していただける方は居られるものと信じています。 鉱物才集日記版 鬼平犯科帳 雲の上の鉱物学会 エキサイトブログ 雲根誌21 21世紀の「奇石の世界」です。 雲根誌21の世界 ノジュール展示館 今まで集めたノジュールを展示、解説しています。 今までのノジュール感とは全く違い、「雲根誌21の世界」でのノジュールを展開しています。 ![]() なを、当サイトの写真、文章等は、放送、新聞、雑誌などの営利事業には、無償での使用をお断りします。 コメントを承認制にしているのは、卑猥なエロサイト等を防止するため、それと、コメント者の個人情報を隠すためです。それ以外の物は、こちらの都合の悪いコメントでも、全て公開しています。批判でも、なんなりどうぞ。 また、コメントに応えても、たいていは、それに対しての礼もありません。これからは、常識の無いコメントには、対応しません。このサイトは、産地情報の提供ではありません。 標語 「産地の荒廃は、現金採集から」
以前、この事について書いたら、幾つかのコメントを頂きました。それの、私の返事です。 僕が、「先生」と呼ばない理由は、そちらを見て頂くとして、普通の人が、同じことをしたら、卑下されると言うか、軽蔑されると思います。それは、初対面の時に、目が合った時に、二人の上下関係が決まるのです。この時に、下になった者が「さん」付で呼べは、それは、ダメですね。 上下関係は、態度、言葉使い、視線、その他で、決まるのです。つまり、自信の裏付けなのです。自信の無い者は、当然下になってしまいます。こうなったら、当然、「先生」と呼ばざるを得ません。 自信とは、知識、人格等から来るものです。それが、態度に現れます。 例えば、オオカミの前に、五人の人を並べます。オオカミは、どの人を襲おうかと威嚇します。その時に、後ろに下がった人、目を逸らした人を襲うのです。つまり、一番弱い人を襲うのです。 人間と人間の応対も、これと同じなのです。 僕は、初対面の人と会った時に、おじけないのです。だから、向こうも、対等に付き合ってもらえるのです。別に「先生」と呼ばなくてもです。それが嫌なら、別に付き合う必要もないし、どうでも良いのです、僕の場合は。 僕も、一応、陶芸の先生なのです。でも、先生とは呼ばせませんし、呼んで欲しくもありません。これが、僕の信念です。 そう言えば、最近「先生」と呼んでいる人が居ました。僕の主治医ですけど、結構地位の高い医者なんですけど、この人、「ライム病は知らない、分からない」と言うのです。それでも主治医なんです。僕が色々と教えてるんですけど、いやな顔一つしないのです。最初の主治医は、何でも知っている様な顔をして、結局誤診をして、手遅れになったのです。知らないのなら、「知らない、分からない」と言ってくれれば、転院も出来て、手遅れにならず済んだのにと、怒りでいっぱいなのです。 「先生」と呼ばれている以上、「知らない、分からない」とは言えないのでしょうね。これは、人間が小さいからで、大きい人間は、「知らない、分からない」と気持ち良く言えるのだと思います。それは、自分に自信が有るからこそ、言える言葉なのだと思います。
僕は、母方が徳島出身で、徳島の血も半分流れているのです。だから、半分は、徳島を愛しているんです。ですから、徳島の事を貶されると、なんか、むかつくんですねぇー。 徳島県立博物館には、多くは外国の石が並んでいるそうです。それを批判する人も居られるようですけど、京都府には、そんな公設の博物館すらないのです。あるだけでも、大したものと思います。 でもね、外国の立派な石を並べて、何処が悪いのでしょう。確かに、徳島には、外国の標本のような立派な綺麗な石や、大きな結晶の物は出ないでしょう。でも、徳島の石は、努力次第では、自分でも、手にする事が出来るんです。そして、それを見て、博物館に行って、この石は、世界では、こんな立派な形で出てるんだと言う事を勉強できる場所だと考えたら、素晴らしい事だと思います。 ですから、この博物館も、まだ、発展途上でしょうから、これから、どんどん良くなって行く事でしょう。 だから、僕は批判はしないのです。でも、批評はします。批評するからには、僕が持っている石の中で、役に立つと思えば、どんどん寄付します。非難だけしていても、何の役にも立ちません。その結果が大事です。 こういう気持ちですから、今迄から、博物館級の物は、寄付してきたのです。でも、それが正解かと言えば、それも疑問なんです。これからは、もう少し見極めてから、役に立てようと思って居るのです。 以前に上田市立博物館に、玄能石を寄付した事が有るんです。そしたら、もう何年もたっているのに、催しの有る度に、今でも招待状が来るんですね。こんな事は、なかなか出来ない事だと思います。それで、上田市は、第二の故郷みたいな感じなんです。 ![]()
益富の巡検が明延でありました。それで、その跡を見に行きました。たくさんの人が入った割に、綺麗でした。集団での採集会も、この様な採集なら、大変結構な事ですね。 ![]() そこで、皆さんの割った石から宝探しです。 ![]() 灰重石仮晶の銅重石華です。 ![]() 蛍石仮晶水晶です。こんなのも有るんですねぇー。 ![]() モリブデン鉛鉱です。確か、益富の案内書には、モリブデン鉛鉱は両四角錐型と有ったと思いますけど、これはキャラメル型ですね。こんな形のもあるんです。 ![]() これは、去年、UPした写真です。灰重石型のモリブデン鉛鉱です。 他にも、色々と有りましたが、今整理中なんです。 ![]() ところで、蛍石の結晶もありました。 こんなものまで採集してしまいました。他にも、メノウ、紫水晶、しかも、ジェムストーンです。 多分、益富の巡検の折か、その後に、誰かが落とされたものでしよう。もし、お心当たりのある方が居られましたら、コメント欄に知らせて頂ければお返しします。ただし、どのような箱に入っていたか、そして、もう一つ入っていた石の種類を書いて下さいね。当たれば、その方の物と確認します。
久美浜のそろばん玉石の産地に、久しぶりに行ってみました。 たくさんの球顆が叩き割られ、転がっています。 僕が、6年ほど前に行った時は、露頭にも、たくさんの球顆が付いていた物です。今は、ほとんど見られません。これでは、研究する気にはなりません。 ![]() それに掘ったら掘りっぱなし。 ![]() 掘ったら、せめて埋戻しは当たり前でしょう。 もし、産地保護をして、露頭にも、たくさんの球顆が見られたら、どんなに素晴らしい事でしょう。僕は、その素晴らしさを見ています。でも、その写真を公開した途端、これらの球顆は無くなってしまいました。 僕は、こんな素晴らしい露頭を見たら、とても、割り採る気にはなりません。このまま、皆に見てもらおうと思います。ですから、必要な物、幾つかは貰いましたが、後は、下に落ちている物を拾い集めたのです。そのため、産状も良く分かり、その成因に到達出来ました。でも、今の状態では、とても、その様な研究は出来ません。産地保護は、研究の妨げと言う人が居られますが、それは、全くの間違いでしょうね。 ところで、産地保護がされた崖に、たくさんの球顆が付いていたら、皆さんは、どうされますでしょうか。
会員さんでも、頻繁にメールを頂く方が居られます。それで、ちょっと鉱山へ採集に行こうかなとメールしたところ、4人が集まりました。一人は、相当な遠方からの参加です。 産地に付くと、適当に散らばり、あちこちで、探し始めます。あっ、こんなのがあった、何だろう、と会話が弾みます。昼食も済ませ、そろそろ帰り際になると、ある人は、遠方から来た人に、自分の一番良い物を、お土産に差し上げられたのです。自分は近いから、いつでも来られるからと言う気持ちなのでしょう。 私たちの会員たちは、こんな人達の集まりなのです。二つ採れたら、採れなかった人に上げる、こんな事は、なかなか出来ない事なのでしょうね、普通は。でも、私たちは、違うのです。一つしか採れなかっても、気持ちよく、頂いた事も有ります。 二つしか無いものを、好きな方をどうぞと言う方も居られます。もちろん、貰う方も、遠慮して、二番目を貰う、当たり前の事です。でも、やはり、普通は、こんな事を言われたら、良い方を採る人の方が多いと思いますね。 また、自分のコレクションの一番良い物を博物館に寄付する人も居られます。1cm超えの金平糖とか、奴奈川石とか、簡単に採れないものばかりで、しかも一級品です。こんな物でも、気持ち良く寄付してしまうのです。良い標本は、自分だけで楽しむよりは、皆で観れるようにする方が良いと言う事を、心得ておられるのです。標本を生かす、標本が生きると言う事は、こういう事だと思います。 一般のコレクターさんなら、売れば金になるし、また交換して他の物を手に入れられるし、第一、自分のコレクションの質が落ちると考えるでしょうね。 でも、私たちの会員さんたちは、こんな人の集まりなんです。傍から見れば、本当に馬鹿の集まりなんです。でも、この人たちは、僕の自慢の人達なんです。
最近は、色々とご意見やコメントを頂けるのでうれしいです。 中には、「通りすがりものもです。」さんのように、「少人数たとえ1人でも、地面を掘る・地表の石をさらうのみに関わらず、権利者に対して礼儀とし、お伺いを立てるものだと思っていたのですが、違うのでしょうか?」と言うコメントもありました。 私は感動しましたねぇ。ここまでして採集されているとは。それで、ぜひ、その方法などを教えて頂きたいと思っております。この様な立派な方は、お名前、お顔の写真、プロフィールなどを公表して、ぜひ、私たちのモデルとしたい気持ちです。よろしくお願いします。 この様なコメントもあり、以前掲載しました。 「産地保護の趣旨は判りますが、やり方が間違っているのではないでしょうか。例えばブログによると富国鉱山は私も訪れることができなくなったようです。このようなやりかたで、何もわからない土地の人にとてつもない宝物が埋蔵されているかのような幻想を植え付け、誰も近づけないようにするのはおかしい。それとも君だけはOKという約束を取り付けているのならこれは卑怯です」 これに対しても、コメントを頂きました。 「誰も入れなくて無茶な採取が出来なくなれば、産地としての性質は半永久的に保存されるんですけどね。 ”研究者”であるなら、その活動の意義を地権者などに示して活動できるわけですから、手間が1つ増えただけで妨げにはならないでしょう。」 「おれも採取できなくなったじゃないか、どうしてくれるんだ」ですか・・・ 「モチベーションがあるなら、地権者と交渉すればいいじゃないですか。既得権益みたいに語ってますけど、他人様の土地をコンビニ感覚で手軽に掘り返すことができていたこと自体、異常だったのでは??」 それで、新しい標語を作りました。 産地の荒廃は、現金採集から 産地荒廃を嘆くなら、現金採集は止めたらどうでしょうかという、提案です。石を買う人がいなくなれば、石を大量に盗る必要が無くなります。布いては産地の保護につながると言う事です。石を盗る人間よりも、買う方が悪いとも言えますね。
コメント 「誰も入れない産地ならそれは産地保護ではなく、産地消滅といえます。今後の研究者の妨げになる行為のように思われてなりません。」 コメントの返事 産地の保護をしないで、放置していたら、ツルハシ、スコップで掘り、何も無くなったら、それこそ、産地消滅です。たとえ、残っていたとしても、地主の反感を買い、完全に閉鎖されたら、それも、産地消滅です。 地主に自然遺産の大切さを説いて、大事にして貰う、それが、僕の方法です。それを最大限に生かすことを考えています。そのための方法です。 ですから、産地が生きるかどうかは、我々が、どう考えるか、どのような行動をとるかにかかっています。 自然遺産は、個人の物ではありません。人類の宝物です。少なくとも、金儲けの材料ではありません。 博物館級の物を採集した時は、皆さんどうされているでしょうか。もちろん、博物館に寄付されているのでしょうね。
コメント 「産地保護の趣旨は判りますが、やり方が間違っているのではないでしょうか。例えばブログによると富国鉱山は私も訪れることができなくなったようです。このようなやりかたで、何もわからない土地の人にとてつもない宝物が埋蔵されているかのような幻想を植え付け、誰も近づけないようにするのはおかしい。それとも君だけはOKという約束を取り付けているのならこれは卑怯です」 その返事です。 僕の考えは、地権者に幻想を植え付けるのではなく、貴重な自然遺産ですから、大事にすべきですと正直に伝え、そのうえで採集させてもらっています。嘘をついて、騙して採ると言うような事はしません。地権者も、個人的な趣味に対しては寛大です。ただ、趣味と偽り、販売目的であると言う事が分かれば、怒って当たり前です。嘘をついて、金儲けをするから、それを知った地権者が怒るのです。 それに、少なくとも、僕を卑怯と言う資格のある人は、産地の掃除を一回でもした人です。採ったら、採りっぱなし、人の迷惑も顧みない人に言う資格はないと思います。
最近、僕のブログで、あちこちで火の手が上がっているみたいですね。僕の所にも、色々と批判や同調のコメントやメールを頂いているんで、少しずつでも、書いて行きたいと思います。 今回は、「先生」についてです。 僕は、大抵は、どんな人でも「先生」とは呼びません。例外は、それが仕事の時には「先生」と呼びますが、それ以外は「さん」付です。例えば、教師、医者、弁護士等と話す時だけです。 それには、理由が有るんです。 それは、僕の親父が教師していたんですけど、「先生」と呼ばれると嬉しそうな顔をし、「さん」付で呼ばれると、ムカッとした顔をしたんです。確かに、中学校の校長までやったんですけど、それは、学校内でのことで、一旦外に出たら、普通の人間なのを忘れています。そして、退職したんですけど、その後でも、「先生」と呼ばれると、本当にうれしそうなんですねぇ。そんな人間が二人になると、お互いを「先生」と呼び合って、傷口を舐めあっているんです。それで、こんな人を軽蔑していたんです。 ですから、「益富さん」なのです。でも、これは、尊敬の意味も合わさっているんです。僕が、「先生」と呼ぶ時は、軽蔑の意味なのですねぇ。 それで、こんなコメントを頂きました。 「先生と言われるほどの馬鹿でなし」(詠み人知らず) 昔の上司は、「先生と呼ばれることの愚かさよ」って言ってました。意味は同じですね。 昔は、自らを「教育者」とか「先生」と称するのは、道義的、倫理的な面における自分への「足かせ」で、一つの覚悟の表れだったんですが、今は違いますね。 政治家さんが、この呼称の重さを全て削いでしまったような感じがします。 自分自身に対する「お褒め」の言葉に成り下がってしまいました。 僕のブログでは、この事について書いた覚えは有りませんが、確かに「益富氏」もしくは「益富さん」と書いていたと思います。大抵の人は、「益富先生」ですね。でも、趣味の世界で、「先生」呼ばわりはおかしいです。 どんな人でも、一つは、人よりも秀でた物を持っていますし、それを習うべきものです。なら「先生」ですよね。どんな人でも。どちらにしても、「先生」と呼ばれて、喜ぶ人間がバカですね。おだてれは、豚も木に登ると言うやつですね。 この事について、同意して頂いたコメント、有難うございました。
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